西郷隆盛と庄内藩の菅実秀とが並んだ銅像で「徳の交わり」と名前がつけられています。幕末の戊辰戦争では、薩摩藩と庄内藩は、新政府軍と旧幕府軍に分かれて戦闘を行っています。勝利したのは、新政府軍であり旧幕府軍側は厳しい処罰を覚悟していました。このとき、新政府軍の西郷隆盛(南州)は公明正大に取り扱い、極めて寛大な処分を行いました。この西郷の誠実で徳のある対応に、恩と尊敬の念を頂き、庄内藩の旧藩士たちが、鹿児島の西郷宅を何年間も訪れて教えを請い、交流を深めたとのこと。このような深く双方の徳を積み上げるような交流を讃えた銅像です。
西郷自身は、本を出していないようですが「南洲翁遺訓」という西郷の教えをまとめた本が旧庄内藩の人々によって刊行されています。西郷の語った言葉、その背景にある思い、考えが聞いている人々に染み渡り、教訓として残すべきものとしてまとめられたのでしょう。
「徳の交わり」の銅像とその設立までの経緯を知るにつけ、人と人とのつながりの素晴らしさと温かさを大いに感じました。先達の有り難い取り組みが後世に受け継がれ、今後も「徳」が連綿とつながる世の中になることを願っています。
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