2018年04月13日

スポーツ・インテグリティ

 スポーツには「する」「みる」「ささえる」の循環があり、その中で多くのものを受けとり、成長、自己実現、幸福、平和へとつながっています。スポーツ本来がもつこのような大きな価値を生み出すには、スポーツに携わる選手、指導者、関係者ならびに組織の高潔性、健全性が求められます。近頃、よく耳にするスポーツ・インテグリティという言葉は、まさにこの高潔性、健全性のことを指します。
 スポーツがもつ大きな価値を脅かすものに、「ドーピング」があげられます。これは、トレーニングによって自らの限界に挑戦するのではなく、薬物の力を借りてパフォーマンスを向上するものです。当然のことながら、アスリートの叡智、努力によらない、「ずる」をすることで競技力を高めることになり、また副作用によって自らの身体にも大きなダメージを受けることになります。
 いずれにしても、そのような薬物によって達成されたパフォーマンスは、誰からも賞賛をされず、スポーツそのものが持つ価値を無くし、狭義そのものを冒涜(ぼうとく)することになります。
 同じように「八百長」「ハラスメント」もインテグリティとは対極にある行為です。古代オリンピックがなぜ終焉したのかという歴史を振り返るまでもなく、高い志をもち、公平・公正な環境の中で、自らの最大努力で限界にチャレンジするアスリートたちによって展開される「する」、そして周囲の「みる」「ささえる」がスポーツの正当な価値を高めてくれます。
posted by 忠 at 00:00| Comment(0) | 【Lakes Magazine】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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